ユートピア文学賞

2012年入選作品 栗本はるこ 小説「メリー・モナーク館のかくも優雅なる閑休」

あらすじ

貧しい青年のロバート・スタンリーは、絶縁状態だった父親からロンドン郊外にある倒産寸前のホテル「メリー・モナーク館」で二週間働いてほしいと依頼される。渋々承諾して働き始めたロバートだったが、次々と奇妙な体験に襲われてしまう。そこには「亡霊の住まう呪われた館」という恐ろしい噂があり、実際に、館に住み着いている幽霊たちがいたのだ。怪奇現象が起きないように必死になるロバートだったが、噂を聞きつけたテレビ局が“お化け屋敷”を報道しようとやって来てしまい……。

 

見どころ

ホテルの従業員や幽霊に至るまで、キャラクター一人ひとりの個性がはっきり描き分けられ、作品の世界観をうまく形づくっている。言い訳をせずに自分の人生に立ち向かうことで、道が開けるということが伝わってくる作品。

 

試し読み

 薪に火をくべると、炎を熾りやすくするため息を吹きかけた。昔住んでいた家では、よく使用人が冬になるとやっていたっけ。居間にもっと大きな暖炉があって、その前にソファがあった。弟と暖炉の前で眠りこけたことも何度もあって──
 気を取り直すと、ロバートは立ち上がった。止めた。どうでもいいことを思い出したって仕方がない。かきあつめた灰のバケツを持って立ち上がる。意外と良い薪らしく、綺麗に炎が回り始めており、ロバートは安心して背を向けた。よし、サイモンに知らせに行こう。
 その時、背後で物音がした。
 バサン、暖炉の方から何かが落ちたような音がしたのだ。ロバートは背を向けたままでいた。こういう大きな暖炉は、よく中に鳥が巣を作ったりしており、上からゴミが落ちてくることがあるのだ。それも使い初めだけで、煙が逆流しなくなってかえっていいことで──
 だが、その時おかしな匂いが流れてきた。
 何かが焦げる匂いだ。灰の焼ける匂いじゃない、衣服や、乾いた紙のようなものが焼ける匂い。それに混じって、流れて来る。微かな肉の焼けるような匂いが流れて来る。
 ロバートは振り向いた。
 刹那、暖炉の火が跳ね上がり、ボッと火の粉が舞い散った。立ち上がった炎の中から人間の影が飛び出してくる。赤い火柱のようなそれは、一瞬で暖炉を飛び出し、火だるまのまま、頭を抱えるような姿勢で走り出した。
 うわぁぁぁ────っ!
 何かが悲鳴を上げた。ロバートはひっくり返った。抱き上げた脚立ごと、後ろにもんどり打つ。ガッシャーン! 音がして、ロバートは声を上げた。何を叫んだかは覚えていない。ついでにバケツの灰をこかしてしまい、辺り一面灰かぐらになった。
 最初に食堂に飛び込んできたのは、サイモンだった。まだ生きている魚を網に入れ、釣竿を持って呆然としている。帰ってきたばかりなのか、籠を放り出しアマベルが駆けつけてきた。「ちょっと、ロバート!」
 気が付くと、ロバートは床に仰向けに倒れていた。脚立の下敷きになっており、灰の中に寝転がっている。
「大丈夫なの」 アマベルがロバートを助け起こした。「そんな高い所までやらなくていいのよ!」
 どうやら、ロバートが脚立ごとひっくり返ったと勘違いしたらしい。よろめくようにして、ロバートは起き上がった。
「………」
 思い切って暖炉を振り向くと、そこには何も見られなかった。ぱちぱちと、心地よい音を立てて薪が爆ぜているだけだ。あの人影も、火だるまの人間も見当たらず──
 
(つづきは入賞作品集でお楽しみください)