ユートピア文学賞

2016年景山民夫賞部門特別賞受賞作品 篠原侑希 小説「地獄なんかクソくらえっ!」

あらすじ

祖父・富太を亡くしたタケルは、ある日、モスという男に、「富太は阿修羅地獄に行った」と告げられる。祖父を救うために、タケルは幽体離脱をして地獄へ向かうが、そこは想像を絶する血なまぐさい世界だった。やっとの思いで祖父を見つけるが、自暴自棄になっている祖父は説得に応じる気配がない。落胆したタケルは自分も地獄に飲み込まれそうになってしまい……。
 

見どころ

霊界の情景描写が巧みで、特に地獄の世界はリアルに描かれている。キャラクター一人ひとりの個性や、ストーリー展開もしっかり練り込まれている。
 

試し読み

タケルは、さっきから目の前を行ったり来たりしている枝を一本握って、力いっぱいひきちぎった。するとちぎれたところから赤黒い液体がふきだし、同時に、耳をつんざくような叫び声が辺りに響きわたった。
「気をつけろ」
アリアがタケルの手の中にある枝のきれっぱしを遠くへ放り投げて言った。
「この世界にあるものすべてに言えることだが、やつらはつねに仲間を増やしたがっている。何かきっかけがあれば、新しい者をとりこもうとする。そのきっかけを、わざわざこちらからつくるようなことはするな」
「そんなつもりは……」
「いいか、よく聞け。やつらを刺激するようなことをするな。やつらの中の凝り固まった怒りや憎しみを増幅させるな。いたずらに刺激すれば、それは必ずお前の中に眠っている同じ感情を呼び起こす。それが何を意味するかわかるか」
「わからない」
「もっとも恐るべきこと。お前が地獄霊に同化するということだ」
「……わかった。気をつけるよ」
そして二人は、富太を探して阿修羅地獄のもっとも深い場所へと足を踏み入れていった。

死者の木の根は、大きく広く地面をはっていて、タケルは何度も足をとられそうになった。根の周辺にはやつらが好む血だまりが必ずあり、それがよけいに足をすべらせる。太い根とあちこちに転がっている死体に気をつけながら、ひたすら前に進んだ。そしてまたあの音を聞いた。
地鳴りのような音。ゴーグのうなり声。
アリアが足を止める。
「来たぞ」
「うっとおしい連中だな」
姿を見せず、声だけが増えていく。五頭や十頭ではなさそうだ。アリアが剣を抜いた。
「そばを離れるな」
「俺をもっと信用しろよ」
タケルが言った。いつまでも守ってもらうばかりの存在ではいたくなかった。
「俺だって戦う。それぐらいの覚悟はとっくにできてるんだ」
そして剣を強く握りしめた。
ゴーグにかまれた痛みを忘れたわけではなかったが、富太のあの傷を思うたび、恐怖よりも怒りが勝っていたのは確かだった。
「お前に相手ができる数じゃない」
「だからって何もしないでいる気はない」
言っている間にも、ゴーグの数はどんどん増えていた。うなり声は、阿修羅地獄全体を震わすような大音響に変わっていた。
一瞬稲妻が暗雲を裂き、わずかにその場が明るくなった。そこに浮かび上がった光景、それは、タケルとアリアを取り囲む、地獄の果てまで埋めつくさんとするほどの、ゴーグの群れだった。
 
(つづきは入賞作品集でお楽しみください)