ユートピア文学賞

2017年入選作品 翔太郎 児童書「神様の絵具」

あらすじ

イーリス神信仰を持つ聖王国にある学芸都市アーディスで画家を目指すレオは、スランプを感じていた。ある日、レオは「創造の絵具」を手にし、描いていた理想の女性リーザを実体化させてしまう。リーザや友人の協力を得ながら、レオはスランプを克服していくが、ちょうどそのころ、ドラゴンが復活し、聖王国の平和を脅かしつつあった。
 

見どころ

世界観、ストーリー、キャラクターなどがよく練り込まれ、発想の豊かさが際立っている。画家レオの成長や友情も描かれ、飽きさせない。単純な勧善懲悪ものではない、「許し」を含んだ展開は、子供の心を育むうえでも良作と言える。

 

試し読み

提出されたレオの作品を見たほとんどの教師は、その斬新さと壮大さ、そして迫ってくるようなリアルさに、それぞれ感動の声を上げた。これまでにも、同じテーマで描かれた作品はたくさんあったが、レオの作品は別次元だった。
中央に描かれたイーリス神殿は、神話の通り、空中から地上に降り立とうとしている。細部までリアルに表現されたイーリス神殿は、そこに存在しているように錯覚させた。
それを、イーリス神が生み出した動物たちが見守っているのだが、その仕草が多種多様で、同じ動作をするものはいない。全員がちゃんと役割を持っているかのように、それぞれ動きがあった。
今もなお、絵を描き続けているイーリス神もまた、これまでにない動きのあるリアルな姿で描かれていた。かすかに笑みを浮かべ、風にゆれる金色の髪と、優しい光を放つ金色の瞳は、神としての存在感を存分に引き出していた。
イーリス神の背後にいる男女は、創造されていく世界を見ながら、楽しそうに話をしている。この二人の仕草もリアルで、話し声がこちらまで聞こえてきそうだった。
レオの得意とする背景もまた素晴らしい。空気遠近法を利用して、奥の風景を青白く霞ませ、絵に奥行きを出しながら目にも鮮やかな世界が描かれている。
レオの〈世界創造〉は、今まさに目の前でイーリス神によって世界が創造されているような錯覚を起こす作品だった。このような動きのある作品は、これまで存在しなかった。
しかし、ヴェッキオ先生は別の意味で驚いていた。
絵の左側に描かれた謎の生き物。イーリス神話に登場する幻獣なのだが、その存在をよく知るヴェッキオ先生は、その幻獣の姿を見たとたん、心臓が張り裂けそうなほど鼓動が激しくなった。
ヴェッキオ先生はあごをさすり、ここ最近でのレオの成長を思い出した。
「すぐに陛下に報告しなければ……」
 
(中略)
 
「レオ。この絵のことについて、少し話がしたい。ついて来てくれるか?」
「あ、はい」
そう言われ、レオはみんなと別れてヴェッキオ先生と歩き出す。
連れて来られたのは、人気のない部屋だった。中に入ると、兵士が二人と、豪華な服装をした、ヴェッキオ先生と同じ年ぐらいの男性がいた。その人を見て、レオは目を見開く。
「せ、聖王陛下!」
レオはそう叫ぶと、すぐにひざまずいた。
「顔を上げてくれ。レオ・ダーヴェンス君」
聖王は笑みを浮かべ、優しくそう言うと、手を差し伸べた。レオは一瞬戸惑ったが、すぐにその手を握り、立ち上がる。
「お、お会いできて光栄です! 陛下!」
「私もだ」
聖王はレオの手を両手で握る。
「そなたの絵を見せてもらった。今までにない、壮大で素晴らしい作品だった」
「いえ、あの……。ありがとうございます」
「アルデスなんかは、筆を折ろうとしていたぞ」
「え!」
慌ててヴェッキオ先生を見ると、先生はヤレヤレとため息まじりに首をふる。
「陛下。お戯れはよしてください。確かにレオの作品には度肝を抜かれましたが、それだけで筆を折ろうとはしません。むしろ創作意欲を刺激されましたよ」
「おお、それは失礼したな。てっきり自信を失ったかと思ったぞ」
「全く……。陛下はいつも、そうやって私をからかう……」
ヴェッキオ先生はうなだれ、聖王は終始ニコニコ笑っている。その親しげな二人を見て、レオは聞いた。
「あの……。陛下とヴェッキオ先生はお知り合いなんですか?」
ヴェッキオ先生は、レオに顔をむけるとばつが悪そうな顔をした。
「十年ほど前まで、私は聖王専属の画家だったのだ」
「ええっ! そうなんですか? はじめて知りましたよ!」
「秘密にしていたからな。私が聖王専属の画家と聞けば、周りは慌てるだろう? 陛下が今ここにいるのも秘密だ」
確かにそうだ。実際、その事実を知ったレオは、目の前の教師がいつもより大きな存在に見える。
「それともう一つ……」
と今度は聖王が言った。
「アルデスには、王国が極秘で行っているイーリス神の碑文の解読もやってもらっている。碑文には、絵画をはじめとする芸術関係の内容が多いゆえ、アルデスにはその分野について意見をしてもらっているのだ。そして、今回そなたを呼んだのは、その碑文と関係がある」
レオは眉を寄せ、首をかしげた。
「僕が、碑文と?」
「心当たりがないかね? 特にイーリス神の知識と〈創造の絵具〉について……」
「!」
心臓が跳ね上がると同時に、レオは身が凍るように震え上がり、固まってしまった。次第に冷たい汗が、背中をつたっていく。
聖王とヴェッキオ先生は知っているのだ。レオが〈創造の絵具〉を持っていることを。しかし、リーザにそのことは秘密にするよう言われている。だが、相手は聖王国の国主だ。そのような相手に隠しごとをしていいのだろうか。
困惑するレオを見て、聖王はうなずく。
「そなたは、噓や隠しごとができぬようだな」
その言葉に、レオはうつむく。混乱している頭は、煮えたぎるように熱くなり、言い訳が思いつかない。やがてあきらめるように息を深く吐くと、蚊の鳴くような声でささやいた。
「どうして……分かったんですか?」
その問いに、ヴェッキオ先生が答えた。
「レオが描いた絵を見て、すぐにイーリス神と何か関係があると分かった」
「僕の絵? 出展した〈世界創造〉ですか?」
「ああ。特に、絵の左はしに描かれた幻獣だ。イーリス神話では、イーリス神とともに世界を見守る幻獣とされ、〈世界創造〉のテーマではよく描かれる。しかし、お前が描いた幻獣は、イーリス神の碑文にしか記されていない幻獣の特徴と、全く一緒なのだ」
そう言えば、リーザから教わった幻獣の特徴は、今までほかの画家たちが描いた幻獣と全く違っていた。
「でも、イーリス神話には、幻獣のことが記されているはずです。僕が描いた幻獣が、碑文の幻獣と一緒でも、おかしくないですよね?」
ヴェッキオ先生は呆れたようにため息をつく。
「イーリス神話を読んだことがないな? 確かに、一般に公開されている神話には幻獣のことは記されているが、その特徴は初代聖王の指示でふせられている。そのため、幻獣の詳しい特徴は、歴代の聖王と碑文を研究する者たち以外、誰も知らんのだ」
レオは口を開けたまま、言葉が出てこなかった。そんなレオに聖王は言う。
「そなたは、いったいどこでその知識を得た?」
言えばリーザのことを話さなければならない。話したとしたら、自分とリーザはどうなってしまうのだろう。
聖王は、彫像のように固まっているレオに、真剣なまなざしをむけた。
「話してくれぬか? これは、国だけではなく、世界の存亡に関わることなのだ」
 
(つづきは入賞作品集でお楽しみください)