新・教養の大陸 編集にまつわるアレコレ話

『二宮尊徳に学ぶ成功哲学』編集にまつわるアレコレ話《第4回 「金次郎像」第1号が生まれるまで(後編)》

【第4回】「金次郎像」第1号が生まれるまで(後編)

明治天皇は冶金師・岡崎雪聲(せっせい)がつくった二宮金次郎像をたいへんお気に召され、お買い上げになります。そして薨去(1912年)されるまで、金次郎像をおそば近くに置かれていたといいます。

一庶民に過ぎない二宮金次郎の銅像を天皇御自ら手元に置いて大事にされるというのは、当時としては異例中の異例でした。明治天皇の二宮尊徳への思い入れがいかに深かったかが分かります。

明治天皇はすでに『報徳記』を読まれているので、特別な感慨がおありだったのでしょう。その金次郎像は今、明治神宮宝物殿に収められていて、見ることができます。

ところで、宝物殿に陳列されている明治天皇の御物はいずれも実用的で地味なものばかりです。ことさら目を引くのは、明治天皇が使われていた、ちびた鉛筆です。こんな鉛筆さえもが大切に陳列されているのです。
こうしたことから、明治天皇の質素倹約、質実剛健の気風がうかがわれます。また、それが尊徳の勤倹貯蓄の精神と波長が合ったのかもしれません。

 

全国の小学校の金次郎像は国民の自発的な思いから広がった

やがて国定教科書の『尋常小学修身書』に金次郎のエピソードが多数用いられるようになり、金次郎は国民的ヒーローとなって、昭和初期から次々と全国の公立小学校の校庭に銅像や石像の金次郎像が設置されていきます。
これは国からの指示ではなく、国民の自発的な思いから広がった動きでした。

その金次郎像ですが、銅像タイプは富山県で大量生産されたことや、戦時中に銅像は軍に供出されてほとんどなくなり、戦後は石像ばかりが残ったこと、金次郎の本を持つ手が右か左かなど、ディープな話はいろいろあります。

なお、小学校に設置された金次郎像の第一号は愛知県豊橋市の前芝小学校に今も健在です。コンクリート像であったため、供出を免れたのでした。この日本最古の金次郎像は大正13年(1924年)に設置されたものです。

余談ですが、金次郎像第一号の銅像をつくった岡崎雪聲は幼少時に霊体験をしていたようです。その実体験談は「子供の霊」と「死神」という短編で、今も読むことができます(東雅夫編『文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会』〔ちくま文庫〕収録)。

  

明治神宮宝物殿に収められている岡崎雪聲作「明治天皇御料 二宮金次郎像御置物」

明治神宮宝物殿に収められている岡崎雪聲作
「明治天皇御料 二宮金次郎像御置物」
2016年12月10日~2017年1月29日に開催された「明治神宮名宝展」会場前風景

2016年12月10日~2017年1月29日に開催された
「明治神宮名宝展」会場前風景

 

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二宮尊徳に学ぶ成功哲学
富を生む勤勉の精神

幸田露伴 著/加賀義 現代語訳

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第二章 自助努力で道を切り開け

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