編集にまつわるアレコレ話

『遠藤周作の霊界談義』から広がるアレコレ話《第3回 遠藤周作もUFOファンだった!》

映画「美しい星」の原作者・三島由紀夫のUFO熱は半端ではなかったようですが、遠藤周作も実はUFOや霊に大変な関心を寄せていたことは、『遠藤周作の霊界談義』で大川隆法総裁が語っている通りです。

「(遠藤は)幽霊ものや怪談ものが大好きで、そういうものを探検するのも好きな人であり、ほかの小説家が宿に泊まって、『幽霊が出た』などと言うと、そこへ泊まりに行ったりしていたようです」

遠藤周作著『ボクは好奇心のかたまり』(新潮文庫)を見ると、UFO話としては「介良(けら)町の空飛ぶ円盤」、幽霊話としては「出るか、出ないか、みちのくの子供幽霊」「私の霊媒探訪記」「幽霊屋敷探検」など、遠藤の好奇心ぶりを示す見出しが並んでいます。

 

小型UFO事件を取材するため高知を訪れた遠藤周作

「介良町の空飛ぶ円盤」は、日本を代表するUFO事件の一つ、「介良事件」を実際に遠藤が取材した話を綴ったものです。1972年、高知県高知市介良町で、中学生たちが小型UFO(当時はまだ空飛ぶ円盤という呼称のほうが一般的でした)を捕獲した事件で、世界的に見ても非常に珍しいケースです。

1972年9月、介良町の田んぼで「光りもの」が目撃されるようになり、複数の目撃者がいました。そして9月20日、この小型UFOが田んぼに落ちているのを中学生が見つけ、家に持って帰り、仲間たちと詳細に調べます。

つまりUFOを実際に手にして、触って、あちこちを調べているわけです。実際に計測すると、高さ約10センチ、幅約20センチ、重さ約1.3キロほど。表面は銀色で鋳物のようにザラザラしていたとのこと。しかし、

「底蓋には幾つかの穴があった。穴のなかを虫眼鏡で覗くと、何やらラジオの内側のように見えた。穴のなかに釘をさしこみ叩くと釘はぐにゃと曲がったが穴も少し拡がった。ナットやボルトのような部品は全くなく、分解のしようもない。そこで中学生たちは穴のなかに水を流しこんでみた。反応はない。もちろん、宇宙人のようなものもあらわれなかった」(『ボクは好奇心のかたまり』)

中学生たちは飽きてしまって、放っておいたところ、カニの這うような音が内部で聞こえはじめ、まもなく底から青白い光が間をおいて光りだしたそうです。そしてちょっと目を離したすきに、物体は忽然として消え去ってしまったのです。

その後、円盤は中学生たちの前に現われては、捕まえ、また消えるということを繰り返すのです。

 

遠藤周作は好奇心のかたまりだった

遠藤がこの話を取材に行ったのは事件発生から2年後、すでに小型UFOは彼らの手元にありませんが、当事者だった中学生たちが集まってくれました。遠藤はこう書いています。

「まず彼等(中学生たち)が決して噓、出鱈目を言っているのではないことは狐狸庵(遠藤周作)との対談中の表情からもはっきり言える。そしてそれが一人の幻覚ではないことは十人近い介良中学の生徒が皆この円盤を見ているだけではなく、その手でさわり、直接、たしかめあっている点でも、また彼等の両親が二人、この奇怪なる物体を見せられている点でもわかる」(『ボクは好奇心のかたまり』)

文末で遠藤は、「狐狸庵は未だに円盤の実在については半信半疑であり、目下のところ、この介良町の物体について、円盤以外の知識で究明するのが、まず第一と考えておる」と書いています。遠藤はどこまでUFOの存在を確信したことでしょう。少なくとも好奇心だけは旺盛だったのは確かでしょう。

遠藤周作は好奇心のかたまりだった

遠藤周作『ボクは好奇心のかたまり』(新潮文庫)。「介良町の空飛ぶ円盤」ほか、狐狸庵先生・遠藤周作の好奇心ぶりを示すエッセイ集。

 

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『遠藤周作の霊界談義』

『遠藤周作の霊界談義』
新・狐狸庵閑話

大川隆法 著

○ 遠藤周作の死んだあとの体験
○ 劣等感にどう対処すればよいか
○ はたしてイエス・キリストに会えたのか
○ ユーモアは神の武器の一つ
○ 信仰の奇跡について思うこと
○ 遠藤周作の過去世を探る
○ 狐狸庵流・人生アドバイス  ほか

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